さようなら、関東生活
上京してから、三十三年。
ずっと関東に住んでいました。
残念なことに、東京には住んだことがないので、
関東生活です。
その間、6回もの引っ越しをしました。
多いかしら?
少ないかしら?
上京した時は、段ボール2箱だけ持ってきました。
その中には、勉強道具と本が二冊。
あとは、当座の着替えだけだったかな?
布団などは、住む場所が決まってから、実家から送ってもらいましたっけ。
けれど、楽しかったなあ~、学校生活は。
私はみんなより少しお姉さんだったけれど、
すんなり溶け込めて、勉強も面白かったし、
毎日、嫌と言うほど酒飲んで、管巻いていたっけ・・・。
近所の居酒屋で出禁になるほどで、
それもまた武勇伝で・・・。
そんな日々を過ごしていました。
やがて結婚、妊娠、出産で、
奥様業、お母さん業をこなすうちに、
一体、自分が何をやりたかったのか分からなくなりましたっけ。
これでいいのか?
これが自分のやりたかったことなのか?
と常に自問自答の日々。
迷いの多い、30代、40代でもありました。
ずっとフル回転で動き回って来て、
ここ最近は自活しようと目論むも、
あえなく撃沈。
苦しみの多い、50代でした。
でも幸せだったと思います。
一通りの体験はさせてもらったし、
その都度その都度、美しい日々でした。
そして、最後の部屋が、こちらです。
1Kの小さなアパート。
でも、綺麗でしょう?
すぐに気に入って決めました。
でも、ここでの生活は、正直、苦しかった。
大好きだった夫との別居を決め、
離婚も経験し、女ひとりで出直そうと決意した部屋です。
毎日、泣いてばかりいましたっけ。
自分で決めたことなのに、罪悪感と焦燥感に苛まれる日々。
立ち直れたのは、ごく最近です。
ようやくふっきれたかな・・・?
人は誰にとっても、最後の日々をどこで過ごすかということは、
大命題だと思うのですが、私は迷わず、故郷へ帰ってこようと思いました。
というか、ずっと前から決めていました。
いつかは帰ると。
そうなるだろうと。
やっと帰れてよかったなと思います。
そして、大きなこぶが、まさか一緒に来てくれるとは思いませんでした。
大きなこぶは、ここへは小学校の夏休みしか来た事がなく、
そんなに思い入れもないだろうと思っていたのですが、
私が田舎へ帰ると告げると、「自分も一緒に行く」と言ったのです。
彼の将来を潰すことにはならないか?と
一抹の不安もよぎったのですが、
それでも本音を言うと嬉しかったです。
その頃、大きなこぶは大きなこぶで、将来をどうしよう?と悩んでいて、
関東の自宅の六畳の自分の部屋から、ようやっと出て行くことを
決心したようでした。
大きなこぶは、いわゆる引きこもりだったので、
六畳一間の自分の部屋が、世界のすべてだと言っておりました。
そうして、そこから出たかったのだそうです。
なので、私が田舎へ帰ると言った時、すぐに一緒に行こうと決めたそうです。
自分を変えたかったのでしょうね。彼は彼なりに・・・。
ちょうどいいタイミングでした。
元夫とは、今回、最後に一緒に映画を観てきました。
東京は映画館が閉館していますが、
関東はまだ上映しています。
二人とも、この〝放浪者〟の気持ちが分かる年代。
しかも、これから一人で生きていくという映画で・・・
なんか泣けました。
終わってから居酒屋で一杯飲みながら、
しみじみ二人で映画の話をしました。
いい映画だったね、と。
私たちもお互い頑張ってきたね、と。
そして、別れ際、
また会おうと約束しました。
今度はオンライン飲み会で・・・。
別れてもつながってるな、おい!
とは思いましたが・・・。
まあ、これでいいのだと思いました。
こんなゆるゆるの関係が私たちにはちょうどいい、
そんな風に思いました。
そうして、帰りの電車の中、
過ぎ行く街の灯りを見ながら、
ああ、長かった、私の関東生活も、
ようやく終わりを告げたんだなぁ…と思ったのでした。